OMツアーは、皆さまに支えられて今年創立30年を迎える事が出来ました。
1988年に「バリ島」の専門旅行会社として産声を上げ、日本のバブル経済の波にしっかりテイクオフ、その後は何度か厳しい局面を迎えた時期もありますが一つの区切りに無事到達いたしました。
今では世界有数のビーチリゾートとして不動の地位を確立しているたバリ島ですが、設立当初は、え、何処?パリ?と聞き返されるほど知名度が低かったので、まず、「国はインドネシアで、赤道直下にあって素晴らしい波が島のあちこちで割れていて」などと説明していたのを思い出します。
その後、趣味が高じて、インドネシアの専門店、サーフツアーの専門店と裾野が広がり現在に至ります。
本年は記念イヤーという事で積極的に旅に出掛けてみましたのでその模様を紹介させていただきます。
まず、スタートとなったのはハワイ島と同じ緯度に位置しており、温暖な気候にリゾートホテルが立ち並ぶ事から中国のハワイと称される海南島だ。
若者を中心に急激に人気が高まっているリゾートアイランドである。ISA主催のロングボード世界選手権の日本代表選手団に同行する機会を得た。
1月中旬、会場は海南島でもっともポピュラーなサーフポイントのサンムーンベイ。
世界数十カ国から約80名の代表選手が集まり、パレードが盛大に行われ、政府高官などが挨拶し中国のサーフィンに対する本気度、熱い姿勢を垣間見ることが出来た。肝心の波は腰~腹と小ぶりながらもクオリティは高くコンテストには十分なグッドウェーブが打ち寄せていた。
特筆すべきはサーフィン先進国のUSAやヨーロッパに対して開催国の中国や台湾が予想以上に善戦していた事でチャイニーズサーファーの急成長とポテンシャルの高さを強く感じた旅だった。
難点を一つ挙げるならば言葉が思うように通じないことか!






次に訪れたのは7月のフィジーで私にとって8年ぶりの再訪となりました。フィジー行きを決断した理由は二つ。
成田~ナンディの直行便が再就航したこと、そしてもう一つが、あの憧れのクラウドブレイクを始め、今までイクスクルージブポイントとして一般サーファーの立ち入りが許されなかったナモツレフトなど世界一級のポイントが解放された事だった。
自由にサーフィンを楽しむ事が可能となった今、このタイミングを逃すてはない。3泊5日という弾丸スケジュールでフィジー行きを強硬した。
滞在はロケーション、ホスピタリティの高さが評判で日本人ゲストリレーションも駐在しているマナアイランドリゾート&スパ。
マナアイランドの松本さん、ピークルツア-ズの多田さん、大変お世話になりました!
食事も非常に充実しており、おかげさまで前評判どおりの快適なリゾートライフを楽しむ事が出来た。
フィジーと言えばトレードウインドウの影響を受けやすいサーフデスティネーションの一つである。果たして僅か3泊4日という短い期間で波を当てる事が出来るのか!
空港で我々を暖かく迎えてくれたのはフィジーサーフカンパニー代表のイアン・ムラ氏。私と加藤氏(波伝説社長)は8年振りの再会に抱擁し、お互いの健康と活躍を喜んだ。
話は18年前に遡るが、フィジ-サ-フカンパニ-の前身でフィジ-初の本格的サ-フショップ『VITI SURF LEGEND』は加藤社長の支援により始まったのである。そして名前にあるLEGENDは波伝説を運営する(株)サ-フレジェンドから命名されたものである。
イアン氏はローカル代表として今もフィジーサーフィンの発展に全力を注いでいる。実は、クラウドブレイク、ナモツレフトなどのイクスクルージブポイントを解放に導いた立役者なのである。
波のコンディションは写真をご覧いただければお分かりの通り見事に3日間とも当ててしまったのだ。まさに、奇跡と言えるかも?
7月はフィジーのミッドシーズン、手に負えないスウェルが届いているかもしれない。
そんな大きな不安を抱いて乗り込んだフィジーであったが滞在期間中は風も弱く、メローな波が優しく迎えてくれてほっと胸を撫で下ろした。








さて、ここからはボートトリップが2つ続く。私の30年のサーフィンライフにおいてベストと言える波に出会ったのであった。
最初に訪れたのはインドネシアでも未だ秘境として知られている小スンダ列島のスンバ島だ。
スンバの10月はレイトシ-ズンではあるがまだまだビッグスウェルが期待できる。
メンバーは私が心の底から尊敬する日本サ-フィン界を創世記から牽引し、数々のスタ-選手を排出してきたサ-フィン界のドンで、クオリティの高いサ-フィンウエットス-ツを提供し続けるDOVE SURFING WETSUITの会長、戸倉康守氏と戸倉氏を慕うサ-フィンが三度の飯より好きなサ-フバグの面々。
目指すは10feetを超えてもホールドすると言われているあの場所。ニアスのメインブレイクをもっと素直にして、スケールを大きくした様なライトハンダーで完璧な棚の上でブレイクする波は優に100mを超えるライティングへと繋がる。
ここは9年前に弊社インドネシアの代表でバリ在住のアオシマこと吉田光治が当時バリチャンプであったマデ・スイトラを連れて訪れた地。
その時の報告は、ニアスのソラケビーチそっくりのレギュラーのマシンブレイクだけど其処に辿りつくにはいくつもの険しい山を越えて行かなければならない。
山道は断崖絶壁で一歩間違えれば谷底にまっしぐら。実際何台もの車が滑落しているのを目の当たりにしたそうだ。登り坂では助手がタイヤ止めを持って一緒に走り、スタックする度に車が下がって落ちないようにタイヤ止めを挟んでいたと言うのだ。全く生きた心地がせず、波は最高だがあの犠牲を払ってまでは行きたくないと言っていた。
ポイントは険しい山と小高い丘に囲まれた漁村の一角で電波が通じないどころか水道も電気もない秘境の中でサバイバルを強いられたそうだ。
事実としてこの旅に同行したメンバーの一人がマラリアに感染したことを報告しておこう!
今回、我々一行はボートでアクセスした為、この様な心配は一切なかった。
メンバー全員が生涯の記憶に残るパ-フェクトの波を楽しんでいた事に誰も依存はないだろう。
そして、インドネシアトリップのナビゲ-タ-。バリ在住のフォトグ”nobufuku” こと、ノブさん、いつも素晴らしい写真をありがとう!








次は同じインド用でも東から西への大移動となる。ここ5年、毎年通い続けているお気に入りの南アトールガーフダール環礁である。
モルジブと言えば、その魅力はバスクリンを流した様なエメラルドに輝く透明度抜群の海にメローなブレイクだが、10年程前から、アクセスの良さとメローな波質から混雑が目立ち始めている。その点、南アトールエリアは幸いな事に未だ混雑はない。
特にガ-フダ-ル環礁は未だ周知されていないことからサファリボートの数が少なく一つのポイントにサーファーが集中する事は殆どないのだ。
5回目となった今回のガーフダールボートトリップには何と日本サーフィン史上、最強のチャンピオンである久我孝男プロが参加を表明。
オムツアー30周年を祝う旅に華を添えてくれた。
モルジブもフィジー同様、南国特有の貿易風(トレードウインドウ)に悩まされる事が少なくないのだが、神様が気を使ってくれたのか、ここでも最初の3日間は無風のグラッシーコンディションと2回目の奇跡が起きた。
後半の2日間こそ貿易風の洗礼を多少は受けたがノーサーフデイとなる事はなくグッドウエーブをほぼメンバーだけで楽しむ事が出来た。
久我プロも今年で満54歳、体力こそ多少の衰えは見て取れたが、際どいポジションに当て込んでいくアグレッシブなスタイルは健在だった。
ボートトリップは一つ屋根の下、参加メンバーが家族同様に生活する旅のスタイルだ。初対面の少し気まずい雰囲気も打ち解けるのにさほど時間は掛からない。何故ならサ-フィンが繋いでいるから。






今年最後のトリップは約束の地として足繁く通う北スマトラの雄、ニアス島。そして、10年振りの再島となるシメルー島。
どちらも北スマトラの州都メダンを拠点に小型機で1時間のショートフライトで辿り着く。3年振りとなったニアスだが其処には約束どおり棚に沿って規則正しくブレイクするライトハンダーがいつもと変わらない姿を現した。オフシーズンのため、スモ-ルサイズではあったがクオリティの高さは変わらない。
オフシ-ズンのニアスは全般的に波が小ぶりとなるため夕方はスク-ルを終えたローカルキッズ達で込み合うことが多い。
今回ニアスを訪れたのはウェーブプールのようなパーフェクトなライトハンダーを楽しむのは勿論だが、実はもっと大きな理由があった。
築10年が経ち、老朽化が目立ち始めたOMハウスを修復する為の打ち合わせにやって来たのだ。未だ10年、いやいやオンザビーチに立ち、常に潮風に吹かれる建物は10年という年月で大きく化けてしまうのだ。オムハウスは来夏に生まれ変わる。
シニア層や女性にも快適に滞在いただける設備を整えた快適なサーフハウスに変身しますのでご期待ください!




3日間の滞在を終え、一通り用事が片付いたので最終目的地のシメルー島へ向かった。シメルー島はここ5年でサーフキャンプが乱立し、大きくその姿を変えてしまったのか?そんな心配を胸にラシキン空港へ降り立った。空港は新しくなり、パーキングもきれいに区画されている。
やっぱり10年という歳月は大きいなと考えながらサーフキャンプに車を走らせると海沿いを走るその道は昔のまま、何一つ変わっていなかった。
すれ違うのは人でも車でもない、山羊や牛、豚や犬に猫、鶏と家畜のオンパレード、おまけに大きなトカゲまでが悠々と道を横断してるではないか!
シメルー島は10年前と何ら姿を変えていなかった。そしてシメルー島の代名詞、コンパクトなバレルを形成する事で有名なライトハンダ-『デュランズ』の波も昔のそれと全く変わっていなかった。
クオリティの高い波が誰にも乗られ事なく無人のブレイクを繰り返していた。2泊3日、合計4ラウンドの混雑具合は1ラウンド目4人、2ラウンド目5人、3ラウンド目4人、そして最終ラウンドはなんと2人と混雑とは無縁のセッションであった。但し、オフシーズンであった事を付け加えておく。
腰から最大セット胸とスモールサイズではあったがバレルを形成する波はパワーがあってしっかりボードを走らせてくれた!
現在、空港の拡張工事が行われており来年にはウイングエアー以外の新規エアラインの参入が期待出来そうだ。これにより運行が安定すればシメルー島の人気は益々高まってくるだろう。その結果、シメルー島も秘境の島ではなくなってしまうだろうから早い機会に一度訪れる事をお勧めします。
今回お世話になったのは、今秋オープンしたばかりのサーフハウスココナッツアイランドサーフステイ。清潔でエアコン、ホットシャワー完備の快適な宿であった。
驚きだったのはオーナー兼サーフガイドのイーランさんの日本人を超えたホスピタリティの高さである。また、料理のバリエーションと味付けは素晴らしく美味しかった。
また、ポリシ-から同じ料理を二度出さないという徹底ぶり。
生粋のローカルでサーフガイドとしての経験も古く、撮影もこなし、シメルー島のすべてのサーフポイントを知り尽くしている。
今、OMツア-が一番お勧めするサ-フデスティネ-ションであり、サ-フキャンプだ。




OMツアーをご愛顧、ご贔屓いただいておりますお客様に感謝し、少しでもより良い環境で、一本でも多くの満足のいく波に乗っていただきたく、心に強く残る旅作りを目指してこれからも初心を忘れずに精進して参りますので引き続き変わらぬご愛顧を賜れますようよろしくお願い申し上げます。
本年も大変お世話になりました。
良い年をお迎えください。
株式会社デイトライン OMツア-代表 丹野準二